【葬儀難民】現代日本の新ビジネス、”遺体ホテル”とは

他ニュース

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


 

現在、葬儀場不足から葬儀を待たされる”葬儀難民”が増加しているという。高齢化社会の進行に伴い加速していくであろう日本の多死社会化と、遺体ホテルというビジネスについて迫る。

葬儀が1週間待ち? 加速する多死社会

@izumodenwakayama)さんの投稿

世界でも有数の長寿国として知られる日本。しかし、それと同時に他の先進国でも類を見ない超高齢化社会を迎えた日本は、近年年間の死亡者数がすさまじいスピードで増加している。その人数は、2015年でおよそ131万人(出所:国立社会保障・人口問題研究所)にもおよび、1980年の年間およそ72万人に比べて倍程度にまで増加している。また、今後2040年におよそ166万のピークを迎えるまで増加し続ける見込みである。

その結果、現在日本では葬儀場の需要が増加している。超高齢化社会に伴って多死社会となったこの国では、東京などの大都市を中心に長くて1週間から10日にもおよぶ火葬、告別式の”順番待ち”が起こっている。このような”葬儀難民”の増加を背景として、”遺体ホテル”と呼ばれる安価な遺体安置所の需要も同時に増加している。今後、さらに年間死者数の増加が見込まれる中で、倫理的、感情的要素を多く含むこれらの問題にどのように向き合っていくべきなのだろうか。

なぜ葬儀場は不足する? 建設への反対運動

そもそもなぜ葬儀場が不足するという事態が起こるのだろうか。実は、死者数の増加だけがその原因ではない。最も大きな原因の一つは近隣住民の反対運動である。住宅街の近くや商店街の中に葬儀場が建設されるとなると、多くの場合で近隣住民からの反対があるのだ。これは、火葬を行わず、告別式等のみを行う斎場でもあまり変わらず、また、納骨堂やお墓の場合にも似たような反応があると言う。多くの一般市民がこれらの施設にこのように嫌悪感を示すのはなぜなのだろうか。

もちろん、反対の理由の中には地盤の関係上大型施設の建設に向かない、といった正統性のあるものもあるだろうが、そのような理由は一部だけで、おそらくほとんどが葬儀場、墓地など”死”を連想させるものに対する嫌悪感からくるものだろう。毎日家の近くを黒服の人たちが歩くのが嫌だ、霊柩車が走るのが嫌だ、といった、理屈というよりは感情的な理由から反対している人が多いのではないだろうか。これらの理由によって、死者数の増加に対して葬儀場の数が増えることがないため、バランスが取れなくなってしまっているのだ。

葬儀場不足への対抗策 遺体ホテルの可能性

そんな現状を打破するために重要視されるのが”遺体ホテル”、いわゆる遺体安置所である。葬儀待ちの遺体を一時的に保管しておくための施設であり、基本的に遺族はいつでも故人に面会することができる。葬儀場、墓地といった直接的に”死”を連想させる施設に比べれば、近隣住民の嫌悪感も少ないのではないだろうか。

また、遺体ホテルの建設ならば、様々な施設を必要とする葬儀場を建設するよりも費用も少なく済むだろう。最近では、遺体ホテルを利用したリーズナブルな料金プランも出てきて、平均的な葬儀費用の半分以下の価格で遺体の搬送からお通夜、告別式、火葬までを行ってくれるものもある。


 

 

遺体ホテルの部屋 画像のように遺族の面会、滞在用に椅子が用意されているホテルもあるvia google imghp現代の日本、特に東京などの大都市となると、一般市民等からの反対を考えなかったとしても、土地の確保や地価などの問題から、様々な設備が必要となる葬儀場を簡単に建設することは難しい。さらには、マンションなどの複合住宅も多い都市圏では、自分のマンションに霊柩車が泊まっていることで、周囲からの目線を受けることもあるだろう。もちろん、そういった目で見られることを嫌う人が多数であろうが、このような場合、遺体の安置を高い費用を払って葬儀屋に依頼することになる。そのような事情を考えれば、特に特殊な設備や巨大な土地を必要とすることもない遺体ホテルがいかにこの時代に必要な施設かがわかるだろう。

霊柩車の一例 今はここまで派手なものは少ないかもしれないが、それでもマンションの近くに泊まっていたらかなり人目を引くだろうvia google imghp

まとめ

遺体ホテルの利点ばかりを語ってきたが、もちろん、葬儀場や墓地の建設が反対されるのと同様に、遺体ホテルの建設も近隣住民からの反対を受ける可能性は大いにあるだろう。基本的にこういった”死”を連想させるような施設には「縁起が悪い」 「不気味で近づきたくない」 「幽霊が出そう」といったネガティブなイメージを持ってしまいがちである。ただ、そのようなイメージを持ってしまうのは悪いことではないし、むしろ自宅の近くにそのような施設があればネガティブに考えてしまうのも自然なことだろう。

しかし、”死”というのは我々全ての人間がいつか向き合わなければいけないことでもある。いたずらに施設の建設に反対するのではなく、時代背景を考えて、現状と向き合い、ある程度は理解を示すこともまた大切なことなのではないだろうか。

もちろん、だからといって劣悪な環境の遺体ホテルが乱立される、といった事態は絶対に避けなければならないが。



ページトップへ