【訃報】西城秀樹、死去。死因は3度の脳梗塞と喫煙の影響か?

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2018年5月17日に日本が誇るスターである歌手の西城秀樹が、突然死去しました。3度の脳梗塞で入院していた過去がある西城秀樹ですが、はたして死因はいったいなんだったのでしょうか?

西城秀樹、死去。享年63歳

2018年5月17日、大物歌手の西城秀樹の突然の訃報が流れました。享年63歳でした。

『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』、『傷だらけのローラ』など大ヒット曲を生み出し、「ヒデキ、カンゲキ!」の言葉は当時の流行語にもなりました。

西城秀樹の曲は当時を知らない世代にも必ず耳にしたことがあるほど、有名な曲ばかり…。

そんな正真正銘のスターである西城秀樹は、なぜ死去してしまったのか。西城秀樹の死因についてご紹介します。

西城秀樹とは?【動画】

西城秀樹は1955年4月13日生まれで、広島県広島市出身です。

2001年に18歳下の元会社員の女性と結婚し、2002年には長女、2003年に長男、2005年に次男の3人の子どもが誕生しました。

そんな西城秀樹は1970年代を代表するアイドル、歌手として有名で、当時からのファンが多数応援をし続けていました。

西城秀樹の代表曲はたくさんありますが、中でも特に有名なのが『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』ですよね!

実はアメリカののヴィレッジピープルがヒットさせた『YMCA』のカバー曲なのですが、日本では西城秀樹の曲だと思っている人が多いほど、西城秀樹のほうが有名になっています。

この振り付けも誰にでもマネしやすい最強の振り付けとして知られています。

そして、『傷だらけのローラ』も代表曲のひとつですが、この曲は西城秀樹の歌唱力がとてもわかる1曲になっています。

今聴いても決して古くさくなく、西城秀樹のかっこよさが引き立つ曲です!

ほかにもまだまだ代表曲はたくさんありますが、長年に渡って愛され続けている曲をいくつもリリースしている西城秀樹は、アジア圏を中心に世界中にファンを増やしてきました。

香港やシンガポール、中国、タイ、韓国、ブラジルなどでもコンサートを開催しており、まさに世界に知られる日本のスターだったのです。

特に中国での人気は凄まじく、日本よりも勢いのある時期もあったそうです!

西城秀樹、3度の脳梗塞に襲われる

世界中にファンを持つスターだった西城秀樹ですが、2度も脳梗塞に襲われてしまいました。

西城秀樹の1度目の脳梗塞は2001年。西城秀樹は仕事から帰宅して、妻にふらつきと喋りにくさを訴え、病院で検査したところ脳梗塞が確認されました。

西城秀樹は緊急入院をしましたが、軽度であったため1週間で退院することができました。

この時点では再発の心配はないと思っていたようで、周囲に過度な心配をかけないように西城秀樹は対外的に二次性多血症で入院したと発表しました。

しかし、2003年にディナーショーのために韓国を訪れていた際に2度目の脳梗塞を発症しました。すでに朝には自覚症状があったものの、ディナーショーをなんとかやり通して、空路帰国後に西城秀樹は入院しました。

厳しいリハビリを乗り越えた西城秀樹は、1ヶ月ほどで復帰会見を行いましたが、実は声帯の一部の神経が損傷している上に構音障害も発症していたため、本当なら引退を発表するつもりだったそうです。

しかし、妻が「すぐに結論を出さずゆっくり治していけば」と言葉をかけたことで、芸能活動を続けることを決意しました。

それから西城秀樹は徐々に回復していき、2006年には3年ぶりのシングル『めぐり逢い/Same old story 〜男の生き様〜』を発売したり、年々コンサートの本数を増やしたりなど順調に芸能活動を続けていました。

しかし、2011年にまたもや脳梗塞が再発していることが判明し、3度目の脳梗塞での入院となりました。

3度目の脳梗塞では、右半身麻痺が後遺症として残ってしまいましたが、水中運動などのリハビリで筋力をつけたことで、立ち歩くことは支障なくできるようになったため、再びステージに復帰することができるようになりました。

西城秀樹の脳梗塞は3回ではなかった!?

西城秀樹は公式で脳梗塞と発表したのは2003年と2011年の再発時であり、2001年の最初の脳梗塞は伏せられていました。


そのため、西城秀樹の脳梗塞は2回だと報じられていました。

後に伏せられていた1回目が明らかになり、西城秀樹は3度の脳梗塞に襲われたということになっていますが、実は公表された脳梗塞意外にも複数回脳梗塞が発症していたことが明らかになりました。

どうやら実際の発症回数は8回にも及んでいたそうです。

ただし、再発をくり返していた脳梗塞は「ラクナ脳梗塞」と呼ばれる隠れ脳梗塞だったため公表をしていなかったとのことです。

西城秀樹は多系統萎縮症も発症していた

西城秀樹は脳梗塞以外にも多系統萎縮症も発症していたことが明らかになりました。

多系統萎縮症は小脳の機能に障害が出る代表的な神経疾患のひとつです。

西城秀樹はリハビリによって、歩行状態や発声が回復していたものの、晩年にかけてどんどん症状が悪化していきました。

悪化していた原因は多系統萎縮症によって、自律神経障害が引き起こされたからだったそうです。

西城秀樹の死因は脳梗塞ではなかった

西城秀樹は2018年4月25日に、自宅で家族団らん過ごしている中で倒れ、横浜市の病院に緊急搬送されました。

その後、3週間ほど入院をしたものの、そのまま意識が戻ることはありませんでした。

徳光和夫は家族から延命治療についての話があったと明かしており、仮に延命治療をしても意識が戻るわけではない状態であったため、最終的に延命治療を行わないことになったと話しています。

そして、2018年5月16日午後11時53分に、家族に看取られている中で静かに息を引き取りました。

西城秀樹の死因は何度も再発した脳梗塞ではなく、「急性心不全」でした。

脳梗塞と急性心不全には直接的な関係はありません。

では、なぜ西城秀樹が急性心不全で命を落とすことになったのかというと、原因は「喫煙」にあったようです。

喫煙(たばこ)は、動脈硬化を促進してしまうため、脳の血管が詰まってしまう脳梗塞や、急性心不全の原因である虚血性心疾患や急性心筋梗塞の危険因子となっています。

西城秀樹は脳梗塞を発症するまで1日3箱も空けてしまうほどのヘビースモーカーでした。2003年に入院した際に、禁煙を厳しく指示されたことによって禁煙を開始したようです。

しかし、動脈硬化は長い期間の生活習慣によって徐々に進行していくものであるため、何度も脳梗塞を再発している西城秀樹は、すでに手遅れだった可能性が考えられます。

脳梗塞と心不全は直接的な関係はないにしろ、西城秀樹の生活習慣が大きく影響していたことは間違いないでしょう。

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まとめ

西城秀樹は日本が誇るスターである一方、ヘビースモーカーという一面がありました。

喫煙の影響で動脈硬化が進行し、何度も脳梗塞を再発して入院しています。

晩年にかけて健康的な生活を意識していたようではありますが、やはり死の手は刻一刻と迫っていたようです。

西城秀樹の突然の訃報には、多くのファンや関係者が悲しみましたが、西城秀樹がこれまで残してきた歌や前向きな姿勢などはきっとこれからも語り継がれていくと思います。




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