星野源の病気、くも膜下出血の後遺症は?現在は健康?

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星野源は、今や音楽界や俳優界でも有名で成功を収めていますが、過去にはくも膜下出血で壮絶な闘病生活をしたことも。星野源の病気と彼が綴った死をも覚悟する辛い生活に迫ります。

星野源が知名度を得るに至るまで

星野源は2003年頃から芸能活動や歌手活動を行なっていましたが、決定的に彼の名前を知らしめることとなったのは2016年に放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の主演とそれに伴うドラマの主題歌のヒットで間違いないでしょう。

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ドラマの最後に流れる「恋ダンス」はドラマの1話が終わると同時に広まり出し、ドラマの最終回になるまでには若い人たちの間で知らない人はいないのではないかと思うほどの知名度で、度々バラエティ番組や朝の情報番組などでも取り上げられ、話題沸騰でした。

ドラマの内容も現代の若者の興味をそそり、なおかつ軽快、コミカルで面白かったことももちろん勝因だったことは間違い無いですが、原作の漫画のキャラクターが忠実に再現されている感じがとても小気味好く、第6回コンフィデンスアワード・ドラマ賞ですとか第91回ザテレビジョンドラマアカデミー賞、第70回 映像技術賞など、とにもかくにも聞いたことのないような賞まで受賞総なめだったのです!

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そんなドラマに主演として出演、主題歌まで大ヒットして歌番組にも引っ張りだことなった星野源ですが、ここまでの知名度を上げる前には重い病気であるくも膜下出血になり、手術で一度は復活するも、再び辛い闘病生活を強いられる事になり、大変な生活を送ってきていたのです。今回は、今や知らない人の方が少なきかも知れない星野源の知られざる病気、闘病生活についてスポットを当てていきましょう。

くも膜下出血で2度倒れる

星野源は、いつも柔らかい笑顔を浮かべていながらも下ネタを炸裂させるといった面白さやギャップでも人気を博していますが、そんな星野源にくも膜下出血という重い病が襲ったのは、2012年12月のことでした。このことは、2014年5月に発売された彼のエッセイ集『蘇える変態』(マガジンハウス)に掲載されており、当時星野源のファンを中心に大変話題を呼んだのだそう。

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2012年12月、楽曲制作とレコーディングが無事に終わった直後のこと。「スタッフ皆で拍手をしていると、急に目の前がぐにゃっと曲がった」「バットで頭を殴られたような痛みとともに、立っていられなくなり」、救急車で運ばれた病院で聞かされたのは、くも膜下出血という病名。

手術前に担当医は本人に「絶対に助かります」と力強く宣言したが、周囲の人には「後遺症の可能性も含め、全快の可能性は低い」と言っていた

くも膜下出血とは突然来るとは聞いたことはありましたが、本当にこんなにも突然に襲われるものなのですね。しかも2012年というと、星野源は31歳でしたから大変若いですよね。こんなに若い年齢でも突然来る病気かと思うと恐ろしいですよね。

しかしながら星野源の場合は自分の体の変化をいち早く自分自身で感じ取り、すぐに病院に行ったことが功を奏したのでしょう、迅速さが求められるくも膜下出血はその20%が病院に着いた時点で死亡しているといいますが、すぐに処置さえできれば、、クリッピング手術で成功率は95%とも言われているそうなのです。

くも膜下出血の手術ではクリッピング手術と呼ばれる手法が一般的です。

この手術法では(医療施設や医師の経験などにも左右されますが)、約95%の確率で成功するとされています。

クリッピングは瘤ができている血管の根元に金属製のクリップをかけてしめることで、動脈瘤に血液が流れ込まないようにします。

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星野源がどのような手術法で手術を実際行ったかまでは定かではありませんが、病院ですぐに手術を受けることができた結果、2ヶ月後である2015年2月には仕事復帰して新曲のレコーディングに励みます。。もう少し休んでも良かったのでは?とも思えるのですが、嫌な予感が的中したのか、曲が完成する頃には再び猛烈な痛みに襲われて搬送、再び手術を余儀なくされてしました。

くも膜下出血の再発率はかなり高く、色々な統計が出ていますが、10年以内に再発する確率は60~80%といわれています。


理由は大きく2つあって、手術時にもわからない血管の損傷があり、そこから出血するケースがひとつです。

たとえば、動脈瘤の手術が原因になって結果として出血するケースもあり得ます。

クリッピングもコイルも頭の中に残さなければならないため、血管を損傷させる場合もあります。

もうひとつは、破裂していない動脈瘤(未破裂脳動脈瘤)が、時間経過と共に大きくなり破裂してしまうケースです。

星野源も、一度復帰してレコーディングしていた時から不愉快な痛みとは闘っていたようですから、常に病と隣り合わせで生活していたのでしょう。その生活は想像を絶していて、いつも不安で恐い日々だったでしょうね。星野源はエッセイでその時の様子を綴っていますが、なかなか壮絶で、これら重い病を経験したことのない者にとっては大変読み応えのある貴重なものに思えますので、一部ですが紹介したいと思います。

星野源が綴った闘病生活

星野源は、前述したとおり自らのエッセイで病気になった時のこと、そしてその後の壮絶な闘病生活の様子を生々しく綴っています。その内容たるや想像を絶する辛さで、何とも感想が口から出にくいほどです。さっそくどのような闘病生活を送っていたのかを見てみましょう。

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一度めの発症、手術を経たのちの闘病生活の様子は、とにかく動けず、痛みばかりが四六時中襲って来る絶望的な時間を味わったといいます。

術後に星野を襲ったのが、“生きるための苦しみ”。食べ物はもちろん水も飲めず、「爆発的な」頭の痛みだけが、ただただ続く。動けないストレスからか、神経が過敏になり、ほかの患者の息遣いや機械の音が気になって眠ることもできない。「24時間、不眠不休で痛みと神経過敏に耐え続ける。それが三日間続いた」と、想像を絶する過酷な状況だった。

想像するだけで辛すぎてただただ目を瞑りたくなってしまいますよね。これを、まだ30代に入って間もない年齢の時に味わったというのですから本当に恐ろしくなります。そして当然、この状況下で精神も確実に蝕まれます。

「今すぐにでもベッドの頭上にある窓から飛び降りたい。早く死んでしまいたい。こんな拷問のような痛みはもうたくさんだ」

想像をすることしか我々には出来ませんが、こんなにも絶望的で痛い日々が、しかも何日続くかわからないというそんな状況ならば、「もう死んでしまいたい」「死んだ方がマシだ」と思えてしまう気持ちも分からなくないようにすら思えますよね。きっとこれを経験した人にしか分からないことなのかもしれませんが…

しかし、彼は生きることは、死ぬよりずっと苦しいことに気づく。「生きるということ自体が、苦痛と苦悩にまみれたけもの道を、強制的に歩く行為なのだ。だから死は、一生懸命に生きた人に与えられるご褒美なんじゃないか」。まだ生に執着のある自分はご褒美をもらえる立場にないと思った星野は、痛みに耐え、病を克服していく。

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これはもう悟りの域のような気がしますね。悟りの境地です。四六時中襲われる痛みから逃げることなく向き合い、真の意味で闘い抜いたからこそ辿り着けた答えなんでしょうね。想像を絶しているとしか言いようがありません。そしてこの痛みと病に打ち勝ち、星野源は退院することが出来たわけですが、もう一度くも膜下出血の再発という試練を与えられてしまったわけですね。

二度目は始めの時よりも状況はより深刻で、手術の日を決めたは良いものの、そこから自分が生きているのか、歩いているのか、喋れているのかすら疑わしいと真剣に思ったほどなのだとか。そしてリハビリなんかも始めの時と比べ物にならないほどに過酷なものだったのだとか。

しかしながら、星野源は、二度目の入院時に難しく深刻な内容をエロを交えて話して来る医者に助けられた話や、美人の看護師に座薬を入れられることを一種の「プレイだ」と考えて楽しむ(?)様子をもエッセイに盛り込んだといい、自らの死に直面してもなお、エロのことばかり考えてしまう星野源のその「らしさ」に笑いあり涙ありといったところでしょうか。もう、これは本物の「大物」ですね。参りました!

まとめ

いかがでしたでしょうか。星野源はいま現在36歳になりましたが、いつまたくも膜下出血を再発していまうか分からないという恐怖と隣り合わせに今も生きているのかな、と思います。しかし、これら壮絶な死との対面を果たしたことによって、今の彼の懐の大きさやユーモラスな一面、余裕のある人柄を作り出していることは間違いのないことのような気がします。

これからも元気に、ドラマや音楽活動にと活躍をしてほしい人物ですよね!今もたくさんのレギュラー番組などでファンを楽しませている星野源の魅力は尽きることがないでしょう。

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