天才・愛子さまのすごい作文5本まとめ!平和を願う想い、動物愛も

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今上天皇と皇后雅子の第一子・愛子さまが中学卒業文集で書かれた作文が凄いと話題に!一体、どのような作文を?愛子さまのこれまでの子どもとは思えないすごい作文を5本まとめました!作文の内容は?平和を願う想い?動物愛?

愛子さまの中学卒業文集の内容が凄すぎる!

愛子さまと言えば小学校中学校時代、たびたび学校を休んでいることが報道されていました。

しかし、噂によると偏差値72の超才女!

たとえば、通知表での成績はほぼオール5。

とくに国語が得意で、時間を忘れて読書をしてしまうこともあるそうです。

さらに、愛子さまは、読書をすることだけでなく、文章を書くのもお上手なんだとか。

そして、愛子さまが書いた中学校卒業時に書いた作文が凄いと話題になったんです!

一体どんな内容の作文だったのでしょうか?

今回は愛子さまが書かれた中学校卒業文集の作文を全文ご紹介!

そして、そのほかすごい作文を5本まとめていきたいと思います。

そのなかには小学生で書かれた作文もあるのですが、表現力がもうwwすごすぎ!どんな作文なのか、しっかり見届けていって下さいね~w

愛子さまの中学卒業文集の内容は?

注目を集めたのは、愛子さまが中学校(学習院女子中等科)の卒業文集で書いた作文です。

中学校では6週間にわたる欠席や、激痩せ、拒食症の疑いなども報じられ、なにかと心配事が多かった愛子さま。

しかし、この作文で愛子さまの成長っぷりがわかり、皇后美智子さまも安心したようです。

愛子さまが卒業文集で書かれた作文は、各所で公表されていました。

自分が中学生だったら、日本中に作文をばらまかれるのは恥ずかしいし、黒歴史として葬り去りたくなりますが…。

愛子さまの書かれた作文は、日本中に公表しても恥ずかしくない、素晴らしい内容でした。

題名は『世界の平和を願って』で、題名の通り平和について書かれています。

まず全文を見ていきましょう~

 卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中三の五月に修学旅行で広島を訪れてからである。

 原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、七十一年前の八月六日、その日その場に自分がいるように思えた。ドーム型の鉄骨と外壁の一部だけが今も残っている原爆ドーム。写真で見たことはあったが、ここまで悲惨な状態であることに衝撃を受けた。平和記念資料館には、焼け焦げた姿で亡くなっている子供が抱えていたお弁当箱、熱線や放射能による人体への被害、後遺症など様々な展示があった。これが実際に起きたことなのか、と私は目を疑った。平常心で見ることはできなかった。そして、何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた。命が助かっても、家族を失い、支えてくれる人も失い、生きていく希望も失い、人々はどのような気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか。私には想像もつかなかった。

 最初に七十一年前の八月六日に自分がいるように思えたのは、被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。これは、本当に原爆が落ちた場所を実際に見なければ感じることのできない貴重な体験であった。

 その二週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、「共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と説いた。オバマ大統領は、自らの手で折った二羽の折り鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ。私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴を手向けた。私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、世界中から届けられた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の思いは一つであることに改めて気づかされた。

 平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている「平和の灯」。これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている。この灯は、平和のシンボルとして様々な行事で採火されている。原爆死没者慰霊碑の前に立ったとき、平和の灯の向こうに原爆ドームが見えた。間近で見た悲惨な原爆ドームとは違って、皆の深い願いや思いがアーチの中に包まれ、原爆ドームが守られているように思われた。「平和とは何か」ということを考える原点がここにあった。

 平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々「平和」「平和」と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない。今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる。では、どうやって平和を実現したらよいだろうか。

 何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活ができること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか。

 そして、唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから。

 「平和」についてさらに考えを深めたいときは、また広島を訪れたい。きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている。

とても長い作文です。

しかし、すんなり読めてしまう。

そんな惹きつけられる文章であることがわかります。

中学卒業時といえば、15歳くらいですよね!?

そんな少女がこんな文章を!!驚きです!

冒頭では、愛子さま本人による日常の姿から入っていきます。

そして、回想シーンに入り、「平和とは何なのか?」に気づかされる思い出を語り始めています。

平和はどうしたら実現できるのか?という膨大な疑問を問いかけて、また日常の青い空の下に戻っています。

さらに、中盤で触れた「平和の灯」についてを締め部分で再度触れ、うまくまとめる形で作文を終えています。

これはドラマなどで途中に伏線をはって、最後にそれを回収する、まさにストーリー仕立ての作文とも考えられます。

これを中学生が。。

さすがに脱帽ですねw

ここまでの文章を書くには、構成を相当考えて何度も校正を重ねないといけませんw

愛子さまがどのような手順で書かれたかはわかりませんが、とても文才に恵まれていることがわかりますね~

愛子さまがこの作文を書いたきっかけは広島訪問

なぜ愛子さまがこのような世界平和についての作文を書かれたのかと言うと、きっかけは修学旅行で広島を訪れたことでした。

中学3年生の5月に修学旅行で広島県を訪問し、原爆ドームの見学をしていたのです。

中学生の修学旅行でよくある定番の場所でもあります。

これが愛子さまが世界平和についての作文を書いたきっかけとなったんですね。

ところで、原爆ドームって、当時どんなところだったかご存知ですか?

原爆ドームは設立当初は「広島県物産陳列館」と呼ばれていまいた。

のちに美術館や博物館としての役割も担っていたことから「広島県立商品陳列所」、「広島県産業奨励館」と改称されました。

要するに、百貨店や複合型商業施設という感じですね。すなわち、人がたくさん集まっていた場所でもあるのです。

当時、たくさんの人が行き交って賑わっている中、原爆が投下され一瞬にしてその景色はなくなりました。

愛子さまが見た原爆ドームは、そういうことが起こった場所。


今ではゲームやアニメなどのフィクション作品でしかわからないことだけど、一瞬で消されるということが起こっていたのですから、恐ろしいものです。

愛子さまはそのなかで感じたことを見事文章に表現したということですね。

愛子さまは以前から文才があった!

ご紹介した愛子さまの中学校の卒業文集の作文は公表とともに一躍注目を浴びました。

しかし、じつは愛子さまには以前から子どもとは思えないほどの文才があったのです。

愛子さまのファンタジー小説とは?

愛子さまは卒業文集での自分の感じたことをまとめるだけではなく、想像力も豊かで、中学1年生のときにファンタジー小説まで書き上げました。

しかも、びっくりするくらいうまく話が作られていて、短いながらに綺麗にまとめられているのです。

その作文の内容は、愛子さまが主人公で看護師という設定。

いつもように夜の後片付けをしているとき、ついうたた寝をしてしまい、目覚めると目の前は海が広がっていたという掴みから始まります。

海の上の看護師となった愛子さまは、訪れる海の生き物たちを看護するようになるというお話です。

全文を引用してみましょう!

私は看護師の愛子。最近ようやくこの診療所にも患者さんが多く訪れるようになり、今日の診療も外が暗くなるまでかかった。先生も先に帰り、私は片付けと戸締りを任されて、一人で奥の待合室と手前の受付とを行き来していた。

午後八時頃だろうか。私は待合室のソファーでつい居眠りをしてしまった。翌朝眩しい太陽の光で目が覚め、私は飛び起きた。急いで片付けを済ませて家に帰ろうと扉をガラッと開けると、思わず落っこちそうになった。目の前には真っ青な海が果てしなく広がっていたのだ。

診療所は、一晩でどの位流されたのだろうか?

いや、町が大きな海へと姿を変えてしまったのかもしれない。助けを呼ぼうとしたが、電話もつながらない。私は途方に暮れてしまった。

あくる朝、私は誰かが扉をたたく音で目を覚ました。扉の外には片足を怪我した真っ白なカモメが一羽、今にも潮に流されてしまいそうになって浮かんでいた。私はカモメを一生懸命に手当てした。その甲斐あってか、カモメは翌日元気に、真っ青な大空へ真っ白な羽を一杯に広げて飛び立って行ったのであった。

それから怪我をした海の生き物たちが、次々と愛子の診療所へやって来るようになった。

私は獣医の資格は持っていないながらも、やって来た動物たちに精一杯の看護をし、時には魚の骨がひっかかって苦しんでいるペンギンを助けてやったりもした。

愛子の名は海中に知れ渡り、私は海の生き物たちの生きる活力となっていったのである。そう。愛子の診療所は、正に海の上の診療所となったのだ。

今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう。

すごい!!

まるで、有名な児童書の一物語のようなクオリティ!

一説では、愛子さまが海の生き物(国民)を癒やす存在になる(女性天皇)という裏のメッセージがあるなんて囁かれていましたw

そう考えながら見ると、確かにそう見えてきますね!

愛子さまも女性天皇への道を考えておられるのかもしれません。。

中学生のときにこれほどまでの作文を書かれたとなると、一体小学生ではどんな作文を書いていたんだろう。

そう考えてしまいますよね!

やっぱり愛子さまは小学生のときからかなりの文章力、表現力をお持ちだったようです。。

愛子さまは小学校の卒業文集もすごい!!

愛子さまの小学校のときの卒業文集はこちらです。

大きな力を与えてくれた沼津の海

 不安な気持ちを抱きつつも、きっと楽しい思い出が作れると言われて出かけた沼津でしたが、初日から練習は厳しく、海に入りたくないと思う時も少なくありませんでした。ただ楽しかったのは、友達との生活と食事、お風呂でした。

 しかし、足の着かない海で泳いで、初めて気持ち良いと感じる日が来ました。三日目に行ったプレ距離泳の時でした。プレの日は、波もなく、太陽が照りつける中での距離泳となりました。海に入るまでは、五百メートルも泳げる訳がないと諦めていましたが、泳いでいるうちに、体の力が抜け、楽しく泳げるようになりました。五百メートルを泳ぎ切ると、海が好きになり、海に入るのが楽しみになっていました。

 迎えた本番の五日目は、潮の流れが少しあり、泳ぎにくいと感じましたが、前日に一キロ泳や二キロ泳を終えた人たちの「頑張れー」という応援の声が聞こえる度に、不思議と力が湧いてきました。無事に泳ぎ切り、みんなと喜びながら頂いた氷砂糖の甘い味は格別でした。

 沼津での生活は、私に諦めないことの大切さを教えてくれ、大きな自信を与えてくれました。沼津の海は、私にとって忘れられない記念の海。六年間の中で、私がいちばん成長できたと感じられる素晴らしい思い出になっています。

こちらはおそらく、愛子さまが沼津の海で遠泳の特訓をされたときの思い出だと思われます。

これほどまでに丁寧な文章で、さらに一つひとつの描写がリアリティを感じるものばかり。

こんな文章を小学校6年生で!!!w

しかも、めちゃくちゃ泳いでいるw

とにかく、愛子さまの成長が伝わってくる良い文章です。

この小学校の卒業文集では3本の作文が掲載されたとのこと。

「大きな力を与えてくれた沼津の海」以外の2つの作文もご紹介しましょう。

愛子さまの動物愛が泣ける作文!

ほかの2つの作文は、2つとも動物愛について書かれた作文です。

愛子さまは動物を飼っておられるようで、そこからいろいろ考えることも多いよう。

2つ一気に見ていきましょう~

https://stat.ameba.jp/user_images/20190513/15/masako3642/c3/8a/j/o0600045014409066551.jpg?caw=800

https://stat.ameba.jp/user_images/20161204/09/momokohime7/a3/d7/j/o0599048113813272320.jpg?caw=800

1つ目は動物の命について、真剣に考えられた作文。

2つ目は一緒に暮らす動物への愛がすごく伝わってくるかわいらしい作文に仕上がっていますね!

2つとも文章力はとても高いもので、何を言っているのかわからない~なんて部分が一切ありませんw

小学校6年生の文章って、人によっては「ここどういう意味?」となることもありますがw

さすがは愛子さま。

小学校時代から文才があったことがわかりますね~

愛子さまは現在(2019年7月)17歳。

今後成人皇族となったとき、自らの文章で自ら国民にメッセージを発信することも多くなります。

きっと、これらの作文のように素敵な文章で私たちを癒やしてくれることでしょう~

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まとめ

今回は愛子さまが書かれた中学校卒業文集の作文を全文と、そのほかすごい作文を、合計5本まとめていきました。

愛子さまは、ふだんから読書をしているので、そのなかで豊かな想像力と感性を獲得されたのかもしれませんね。

これからも愛子さまはさまざまな場面で、作文や論文を発表することになると思います。

今後も素敵な文章を届けてくれることに期待しましょう!


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