平野歩夢の生い立ちや家族構成、偉大すぎる父親のエピソードをご紹介!

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2022年北京オリンピックで人類最高難度と言われる大技を決め、金メダルを獲得した平野歩夢選手。そのメダルの裏には父親を始めとした家族たちの支えがありました。今回は平野歩夢選手の生い立ちと共に、偉大すぎる父親のエピソードをご紹介します!

北京オリンピックで金メダルに輝いた平野歩夢選手

平野歩夢選手は1998年生まれの23歳。

新潟県村上市の出身で、身長は165cmと小柄な体型です。

ハーフパイプを専門にしているスノーボーダですが、実は冬だけでなく夏のオリンピックにも出場!

2021年に開催された「2020年東京オリンピック」ではスケートボードの日本代表、そして現在開催されている「2022年北京オリンピック」ではスノーボード代表として出場しているという二刀流です。

これまで2014年ソチオリンピックと2018年平昌オリンピックで2大会連続銀メダルを獲得している平野歩夢選手。

2022年北京オリンピックでは人類史上最高難度と言われる「トリプルコーク1440」を決め、金メダルに輝きました。

平野歩夢選手の家族構成は?

「2022年北京オリンピック」では、スノーボード代表の中で3人の方が「平野」という名字です。

そのため「全員兄弟なのかな?」と思っていた方も多いのではないでしょうか?

平野歩夢選手の家族構成は両親と兄、そして弟という5人家族。

兄の英樹さんと弟の海祝さんもスノーボーダーなのですが、今回のオリンピックに出場したのは歩夢選手と弟の海祝さんだけ。

平野流佳選手は平野歩夢選手とは全く関係ないということでした!

平野英樹(兄)

平野歩夢選手のお兄さんである英樹(えいじゅ)さんは1995年生まれ。

英樹さんも高い実力を持っているスノーボーダーですが、東京オリンピックでスケートボードが新種目になったことから、現在はスケートボードにも取り組んでいるとのこと。

幼い頃かライバル関係だったものの、現在はお互いに技を教え合うような関係なんだとか。

ちなみに2020年にご結婚され、2021年にはお子さんも誕生しています。

平野海祝(弟)

こちらは平野歩夢選手の弟さんである海祝(かいしゅう)さん。

2002年生まれの19歳で、平野歩夢選手と同じく日本大学に在学中です。

海祝さんは必死に練習する兄たちを見て「自分はやりたくない」と思っていたものの、ソチオリンピックで歩夢選手がメダルを獲得したことをきかっけにスノーボードの練習を開始。

その後、才能が開花し「2022年北京オリンピック」への出場を果たしました。

平野歩夢選手の生い立ちをご紹介!

4歳~小学校

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平野歩夢選手は4歳からスケートボードとスノーボードを始めました。

そのきっかけは兄の英樹さんで、小学生時代には福島県のスキー場で練習を重ねていたと明かしています。

その後、小学校4年生の頃にスノーボードメーカー「バートン」と契約し、米オープンのジュニアジャムで連覇を達成しています。

中学校

地元の中学校へ進学した平野歩夢選手は、さらにたくさんの大会で好成績を残していきます。

2014年に開催されたソチオリンピックでは、日本人史上最年少で銀メダルを獲得。


またスノーボードにおける最年少メダリストとして、ギネス認定もされました。

高校

開志国際高等学校のアスリートコースに入学した平野歩夢選手は、その後もたくさんの大会に出場。

「2014-2015シーズンワールドスノーボードツアープロシリーズ」男子ハーフパイプ部門のシーズン王者に輝きますが、未成年者選手の飲酒騒動が勃発。

平野歩夢選手は飲酒を否定しましたが」、第三者委員会の調査のため活動休止を余儀なくされました。

さらに全米オープンでは、左膝の内側側副じん帯損傷と腹部を強打して肝臓を痛めるという大怪我をして選手生命を心配する声も…。

大学~現在

 

2017年に日本大学スポーツ科学部に入学した平野歩夢選手は、、2020年東京オリンピックで新種目として採用されるスケートボードに挑戦することを表明。

2021年5月のスケートボード国際大会では日本人トップの成績を収め、東京オリンピックへの出場権を獲得しました。

ちなみに遠征や大会中でも大学の課題は提出しなければいけないため、友人たちに支えられながら学業とスポーツを両立していると明かしています。

平野歩夢選手を支え続けた父親のエピソード

数多くの大会やオリンピックで輝かしい成績を残してきた平野歩夢選手。

そんな平野歩夢選手を支えてきたのが父親の英功さんです。

英功さんは若い頃にサーフィンにハマり、プロを目指すために準公務員を退職。

その後、サーフショップを経営していましたが長男の英樹さんが海で溺れたことをきっかけに、スケートボードをやらせてみることに。

子供たちが練習できるようにスケートパークを作り、近所でスケボーをしている少年たちに意見をしてもらったこともあるのだとか。

英功さん自身がスケートボードの経験がなかったため、頭ごなしに指導するのではなく、子供たち3人と一緒に意見を出し合いながら良い環境を作っていたと明かしています。

しかし、それだけの環境を作るためには資金も必要…。

英功さんは800万円の借金をして、運転手や居酒屋の仕事などを掛け持ち。

さらにスキー場ではリフト代を節約するため、自分だけ雪山を歩いて登っていたというので驚きです。

ちなみに英功さんが手掛けたスケートパークは現在、国内最大級屋内パークである「日本海スケートパーク」としてスノーボーダーたちに人気を集めています。

平野歩夢選手の母親は料理上手!

とても偉大な父親を持つ平野歩夢選手ですが、母親もしっかりと平野歩夢選手をサポートしてきました。

平野歩夢選手の母親は料理上手で、なおかつ美人!

平野歩夢選手が公開した母親手作りのお弁当がとっても美味しそうですね。

また北京オリンピック後のインタビューでは、「家のカレーが食べたい」と明かしているのでカレーも美味しいに違いありません。

ちなみに「歩夢」と名付けたのは母親であり、「夢に向かって一歩一歩、歩んでいってほしい」という願いが込められているとのことでした。

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まとめ

野歩夢選手の生い立ちと共に、偉大すぎる父親のエピソードをご紹介しました。

幼少期から平野歩夢選手を始め、3兄弟と共に夢に向かって走り続けてきた父親の英功さん。

また英功さんと共に子供たちの体づくりを手伝ってきた母親の努力も計り知れません。

今回は平野歩夢選手だけが表彰台を飾りましたが、次のオリンピックでは弟の海祝さんもメダルを獲得できるように応援したいと思います!



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