【訃報】平幹二朗さん死去。名俳優が送った人生とは?

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2016年10月23日、自宅の浴槽で亡くなっているのが発見された俳優の平幹二朗。9月から10月9日まで舞台の主演を務め、現在放送中のドラマにも出演していました。名俳優はどんな人生を歩んでいたのでしょうか?

平幹二朗さん、死去

紫綬褒章、 旭日小綬章など数々の賞を受賞した名俳優、平幹二朗さんが2016年10月23日に亡くなりました。世田谷にある自宅に1人で住んでいた平幹二朗さん。事務所が幹二朗さんに連絡を取ろうとしたが連絡がつかなかったため家族に様子を見に行ってもらった所、自宅の浴槽で心肺停止状態で倒れているところを発見されました。死因はまだ判明しておらず10月9日まで主演を務めていた舞台の公演中も元気な様子で、千秋楽の大阪公演後は元気な様子で京都の街を歩く姿が目撃されていました。

@mito_imyさんの投稿

平幹二朗

よみ:ひらみきじろう
1933年11月21日-2016年10月23日(満82歳没)
1988年 紫綬褒章受賞
2005年  旭日小綬章受賞via google imghpついこの前まで元気だった方が急に亡くなってしまうなんて信じられませんよね。でも亡くなる直前まで元気にお芝居をするってやろうと思ってもできることじゃないし、生涯現役・名俳優らしい亡くなり方だったのかなと思います。個人的には医龍で平幹二朗さんが演じていた桜井先生が大好きだったのでとっても悲しいです。平さんは現在放送中の月9「カインとアベル」に主演の山田涼介演じる高田優の祖父、高田宗一郎を演じています。フジテレビによると平さん出演回の第2話は出演シーンをカットせずに放送。平さん追悼テロップを流す予定。平さんは2話までしか撮影しておらず次回出演予定だった4話以降の代役は未定のようです。ネットでは北大路欣也、里見浩太朗あたりが出演するのでは?と言われています。確かに見た目も雰囲気も近いものがありますよね。一部では「カインとアベル」が月9最低視聴率を更新したこともあり打ち切り説がささやかれていますが、平さんが亡くなる間際まで出演してたドラマが打ち切りとか悲しすぎるのでそれは回避して欲しいところです。

平幹二朗の歩んだ人生

圧倒的な演技力で知られた平幹二朗さん。舞台や映画、ドラマなど多岐にわたり第一線で活躍し、故・蜷川幸雄氏とのコンビで「王女メディア」「NINAGAWAマクベス」「オイディプス王」などで存在感を発揮し、海外からも高い評価を得ていました。そんな名役者がどのような人生を歩んでいたかを振り返っていきたいと思います。現在の広島県広島市中区小網町で生まれた平さん。生後9ヶ月のときに父親が他界し、それからは祖母・母・幹二朗さんの3人で暮らしていました。第二次世界大戦の終戦後間もなく母親が危篤状態になり大叔父の家に引き取られたそうです。この時平さんは小学校6年生。今と昔ってこんなにも生きる環境が違ったんだなと思い知らされますね。俳優人生が始まったのは高校卒業後の1953年。俳優座養成所に5期生として入団し、56年に俳優座に入団。仲代達矢氏と並んでホープと目されました。63年には最高視聴率42%を記録したドラマ「三匹の侍」に出演。人気を博しました。

三匹の侍

一番左が平さん演じる桔梗鋭之介via google imghpその後は浅利慶太氏や故・蜷川幸雄氏ら演出家に認められ精力的に舞台に立ち続けました。98年に紫綬褒章、05年に旭日小綬章を受章しています。
こう見ると俳優人生は凄く順風満帆に見えますね。誰もが羨む俳優人生を歩んでいるように思います。しかし私生活では色々あったようです。1970年、ドラマで共演した女優・佐久間良子と結婚。74年に双子の一男一女が生まれました。長男は俳優として活躍する平岳大。ドラマ医龍では幹二朗さん演じる桜井先生の若い頃を演じて親子共演も果たしています。

@shota.k.mao)さんの投稿

平岳大

via google imghpしかし1984年に離婚。14年の夫婦生活にピリオドを打ちました。2人の子供は佐久間良子が引き取ることになりました。それ以来結婚はせず、1人で暮らしていたようです。と言うことは離婚後32年くらいずっと1人で暮らしていたんですね。佐久間良子さんと結婚した一方で平幹二朗さんは同性愛者だったことでも知られていました。離婚の際に佐久間良子とその親族から同性愛者だったことが暴露されたようです。今はセクシュアルマイノリティに関する知識も学校で少しずつ教わるようになり、昔ほど物珍しさや偏見はなくなりましたがこの時代はそうは行かなかったと思います。しかし偏見の中でも役者として一線で活躍し続けられたのは圧倒的な演技力があったからなんでしょうね。

@mariveckthe)さんの投稿

via google imghp1987年に肺がんのため手術を受けいた幹二朗さん。左肺の4分の1を切除したにもかかわらず、世間にそれを知られることなく40日後に仕事復帰。以降至って健康体でしたが今月23日、突然の死となりました。ご冥福をお祈りします。



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