小林麻央はがんを早期発見していた!標準治療を断った理由とは

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2017年6月22日に亡くなった小林麻央ですが、実は夫の市川海老蔵が癌告白をする2年前には既に乳がんが発見されていたことが分かりました。ステージ4になるまで、市川海老蔵夫婦は2年間民間療法で治そうとしていたのです。

2014年には乳がんが発見されていた

6月30日発売の週刊新潮によると、2014年の2月に虎ノ門病院で人間ドックを受信した際、小林麻央の左乳房にしこりが見つかっていて、虎ノ門の医師は3ヶ月後にまた受診しに来て欲しいと伝えていました。

この地点では医師の目からみても白黒はっきりしない状態でしたが、この時からもう少しがんに対して危機感を持っていればこんなに早くこの世を去ることもなかったかもしれません。

@harugarden25)さんの投稿

2014年2月地点では小林麻央が乳がんとはっきりわからなかったため、結果は「授乳中のしこり」という診断でした。3ヶ月後にはまた病院に来てほしいと言われたものの、小林麻央が再び受診をしたのは8ヶ月後の10月。この時に受けた生検で95%乳がんであることが発覚しました。虎ノ門病院は小林麻央に標準治療を勧めましたが、小林麻央は首を縦にはふりませんでした。

@b_bfuji)さんの投稿

※生検とは病気の疑いのある臓器や部位に針を指し、そこから採取した細胞を検査する方法のことです。

小林麻央と市川海老蔵が治療を断った理由

2014年に乳がんと診断された時に治療を始めていたら、5年後の生存率は90%超であったと言われています。胸のしこりが分かり、リンパへの移転がないと思われる段階の乳がんは「ステージ1」といわれ、早急に治療をすれば命を脅かすことはほとんどありません。

治療期間も短く済むし、経済的な負担も少ないのですが、なぜ小林麻央たちは治療を断ったのでしょうか。

小林麻央たちは「民間療法」にかけた?

2016年2月に検査する病院を聖路加病院に変えて、ようやく標準医療に写った小林麻央。聖路加病院の医師は、当時の小林麻央の状態は酷いものだったと回想しています。また、2014年10月から、病院を移るまでの間は「気功」などのいわゆる民間療法に頼っていたと言います。

小林麻央の乳がんが発覚した2016年、夫の市川海老蔵が、スピリチュアルに傾倒しているという報道がありました。銀座でパワーストーンを買ったり、本名を改名したり、信頼している風水師やゲイバーの占い師ママに小林麻央のことを相談したりと、藁にもすがる思いで駆け回っていたそうです。

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風水師や占い師との関係は長いもので、どうやら小林麻央と結婚する前から、市川海老蔵はこうしたスピリチュアルに頼っていたようです。

小林麻央が治療の副作用を嫌がった?

2016年の9月に、小林麻央は自身のブログで実は3人目の子供が欲しかったことを明かしています。医師による標準治療を始めたらしばらくは子供が産めなくなることや、手術で乳房を失うことに躊躇した可能性があります。

市川海老蔵も、小林麻央の妊娠に影響が出ないような治療法を探す内にスピリチュアルな民間療法にハマっていったのではないでしょうか。全て妻を思ってのことだとしたら、あまりにも酷い終わり方です。

他ネットの予測

今となっては小林麻央が何を思って標準治療を嫌がったのかは分かりませんが、ネットでは様々な憶測が飛び交っています。

@harugarden25)さんの投稿

「事実は受け入れづらいし変な療法に頼ってしまうのもしょうがない」

「美人に産まれたから体にメス入れたくなかったんやろね…。」

「家が手術受けられない宗教でも入ってたんか」

たしかに乳がんは最悪乳房を切除しなくてはならないため、女性の象徴である膨らみのある胸がなくなるのは女性にとっては痛い決断です。しかし、早く手術が終わって長く生きることができれば、豊胸などで補うことも可能。もしも手術が嫌だったのが理由なら、そのようなことが考えられなかったのか疑問ですね。

小林麻央に民間療法を勧める人物は複数いた

小林麻央が乳がんであることを発表する前後に出会った人物で、市川海老蔵に手術をしないでがんを治す方法を知っているという人物が何人か現れたそうです。

@nicolnisaren)さんの投稿

その中で、自然治癒や免疫療法を提案する人物の方針に従い、数百万円を払ったこともあるのだとか。結局治らず、病院で治療をすることになりましたが、聖路加病院でも、その後移った大学病院でも、2人は手術をしない治療にこだわったそうです。

ただ、病院で治療をするという決断が早くできていれば…とたらればな想像をしてしまいます。


小林麻央と同じ代替医療は死亡率最大5.7倍

小林麻央は切らずにガンを治そうとしていました。このように外科手術を行わない代替医療は、ガンの場合だと5年以内の死亡率が、外科手術を行う標準治療に比べて最大で5.7倍も高くなることが研究で明らかになりました。

実際に、ガンの代替医療を行った小林麻央は時間が経過していくに連れて悪化し、メディアに復帰することなく息を引き取りました。一方、同じ乳がんと診断された北斗晶は、早い段階で標準治療を行ったことで、テレビやCMなど表舞台での仕事に復帰できるまで回復しました。

@harugarden25)さんの投稿

北斗晶の場合はリンパ節に転移してしまっているため、楽観視することはできませんが、活躍っぷりや情報などを知る限りは概ね良好に経過しているようです、

早い段階で標準治療に移らず代替医療に頼ったことで、北斗晶と小林麻央とでは明雲を分けてしまったのかもしれません。

小林麻央のがんは進行が非常に早かった

がんを早期発見をしていた小林麻央。すぐに標準治療を始めれば助かったかもしれないという見方もありますが、一方でどんなに早く始めていたとしてもあまり結果はかわらなかったのではないかという意見もあります。

@harugarden25)さんの投稿

その理由としては、小林麻央はがんの進行が非常に早かったのです。人によって乳がんの大きさは異なり小さいタイプで大きくなることはなく、かたまりを感じるようになるまでに15~20年ほどかかることもあります。一方、大きな乳がんの場合は進行が非常に早く2年未満で大きく成長してしまうのです。

小さいタイプの乳がんは早期発見できたから小さいというわけではなく、小さいタイプはずっと小さいままなのです。だから早期発見で切除すればほとんど治ってしまうのです。

@harugarden25)さんの投稿

しかし、小林麻央のように進行が早い乳がんは、検査した時点では触ってわかる大きさにはならないので見つかりにくいのです。見つかったときにはがん細胞が血液やリンパに転移して、全身に微小な転移が始まってしまうのです。

小林麻央も恐らくこの非常にたちの悪いタイプだったようで、どんなに早い段階で標準治療を開始したとしても完治させるのは困難だったのです。もちろん進行が早いタイプでも、いち早く標準治療を開始するのとしないとでは、より長く生きられた可能性は変わってくるそうです。

小林麻央の通っていたクリニックが無届で業務停止

小林麻央と市川海老蔵夫婦はメスを入れない代替医療を選びましたが、それが病院側の方針と合わずに通う病院を変えました。そして小林麻央が亡くなってから1週間後、無届け医療を行ったとして業務停止命令が下ったのです。そのクリニックは他人のさい帯血を投与する医療において、無届けで行っていたのです。

@hikarimoka)さんの投稿

ちなみに、小林麻央はそのクリニックで水素温熱免疫療法という、医学的根拠が乏しく有用性のわからない治療を受けていました。さらに保険が効かない自由診療であるため、毎回数万円の治療費を全額自己負担で支払っていたのです。

クリニックのホームページには「マンガでわかる温熱免疫療法とは?」というタイトルで、マンガ形式で水素温熱免疫療法についての解説を掲載していました。それによると40~42度の水素水に20分浸かることで免疫力がアップして、がん治療に効果的などと明記されていました。

@harugarden25)さんの投稿

患者の声として「除去しきれなかったがん細胞が消えた!」「がんが小さくなって移転もまったくしなくなった」などという声も掲載されていました。あからさまに見て怪しいという感じがしますが、藁にもすがる思いでなんとかしたかった市川海老蔵と小林麻央のことを思うと、なんとも残念でなりません。

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まとめ

市川海老蔵と小林麻央が民間療法に頼ったのには、以前から市川海老蔵がスピリチュアル信仰をしていたことと、小林麻央自身が手術やホルモン治療を望まなかったことが考えられます。

また、小林麻央と市川海老蔵は二人とも有名芸能人だけに、効果の是非を問わず様々な治療の情報が入ってきたため、選択肢が悪い意味で広がってしまったたといえます。民間医療に頼る前に、医師によるセカンドオピニオン、サードオピニオンを仰ぐほうがよほど建設的であったのではないでしょうか。

がんは近年様々な治療法が開発されています。もっと早くがんに詳しい専門家に相談すれば、小林麻央の希望する手術しない治療法もあったかもしれません。病気を直したいと必死になる気持ちも分かりますが、民間療法はがんを治すことは出来ません。



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