吉田沙保里東京五輪へ現役続行表明!

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つい先日の記憶にも新しい吉田沙保里選手の銀メダル。829週という約16年の長い間世界1位を保ち続けた彼女の見せた涙に引退が頭をちらついた人も少なくはなかったはず。そんな中現役続行のニュースが流れ込みました!

リオオリンピックの14日目にあたるリオ時間の18日にレスリング女子の歴史が変わってしまう大きな試合がありました。それは53キロ級の決勝の一試合。53キロ級という階級、聞きなれない方も多いかと思われます。実はこの階級、今回のオリンピックから始まった新たな階級で今まで吉田選手は女子のレスリング種目の始まった2004年のアテネ五輪から55キロ級で前回のロンドン五輪まで連覇。世界選手権でも13度も優勝を果たし、毎週更新される女子レスリングの世界ランキングではなんと829週という長い期間1位を誰にも譲りませんでした。そんなことから霊長類最強の異名を持つ事となった吉田沙保里選手。
決勝の場では一つ上の階級にいたアメリカのヘレン・マルーリスと当たり1-4で判定負けとなってしまい、惜しくも五輪4連覇とはなりませんでした。試合が終わって泣きながら何度も謝り自分を責める姿がとても印象に残りましたが、その様子から引退するのではという声も多数あがっていました。

涙の訳、その胸中

試合後、吉田選手のもとには勝利を掴んだヘレン・マルーリスよりも多くの報道陣がつめかけていました。銀メダルを獲った事自体とてもすごい出来事なのに取り返しのつかないことに、と自分を責めごめんなさいと繰り返したのにはたくさんの理由がありました。
試合が終わって母親のもとへと向かった吉田選手、涙を流しながらお父さんに怒られると口にします。吉田選手の指導者であり父の吉田栄勝氏、厳しいながらも吉田選手の一番の理解者でありしたが2年前の2014年に亡くなられました。父 栄勝氏を肩車する吉田選手

父 栄勝氏を肩車する吉田選手

ロンドンオリンピックで金メダルを獲った際のこの肩車姿、覚えている方も多いと思います。via google imghp今回のオリンピックへは一緒に行けなかった父の為にも金メダルを獲るということにとても強い気持ちを抱いていたのだと思います。お父様はきっと天国から吉田選手の健闘を称えているはずですね。

そしてもう一つ。吉田選手は今回の日本代表選手団の主将でした。
主将だからこそ余計に金メダルを獲らなくてはいけないという重いプレッシャーがあったに違いありません。吉田選手は記者や選手にもとても気を配り緊張をほぐしてあげたりと代表選手というのは自分の事だけでも大変なはずなのに女子レスリングの選手だけでなく他の競技の選手からも感謝の声があがっており、十分に皆を引っ張ってきたのではないでしょうか。あまり責任を感じ過ぎないで欲しいですね。試合後抱き合う吉田選手とヘレン・マルーリス選手

試合後抱き合う吉田選手とヘレン・マルーリス選手

試合後のこの抱き合う姿はとても記憶に残っています。via google imghp今回吉田選手を破り金メダルを獲ったヘレン・マルーリス選手。実は吉田選手に憧れてレスリングを始めたうちの一人でした。12歳の頃に吉田選手に憧れて反対する両親を必至に押し切り吉田選手との対戦を夢見てここまで来たのだそうです。

吉田選手はレスリングの世界で多大な影響を数多くの選手に残してきました。

吉田沙保里伝説

今回オリンピックを4連覇した伊調馨選手。じつは学生時代、吉田選手とはライバルでした。吉田選手を避けて上の階級へと移ってからは苦戦続きだったのが無敵となり189連勝しています。最強を最強が阻んでいたわけですね。そこからは吉田選手と世界で数々の連勝記録を打ち立てていきます。
そして世界選手権で8度優勝している小原日登美選手。吉田選手に勝てず階級を下げたところ、ロンドンオリンピックでは初出場にして優勝を果たしてしまいます。
さらに同じく吉田選手をさけて階級を下げた登坂絵莉選手もリオオリンピックで金メダルとなりました。
さらにさらに吉田選手を避け階級を上げた伊調選手を避けさらに階級をあげた川井梨紗子選手もリオオリンピックで金メダルを見事獲りました。女子レスリングメダル勢

女子レスリングメダル勢

吉田選手の影響で日本女子、強いです。via google imghpまだまだ伝説はあります。吉田選手はなんと2001年から829週もの間世界ランキングで1位をキープしてきました。これは約14年しかない大正時代よりも長い期間です。
829週というのがどれだけ長いかわかりやすく説明したツイートをまとめてみました。

日本では霊長類最強と言われていますが絶望とはさらに上を行く表現です…


若い男性にはわかりやすいでしょうか。

J-PHONEなんて使ったことすらありません…。

尾崎のあの名曲ですね。

東京五輪へ出れるものなら出たいと表明

吉田沙保里選手は東京オリンピックについて東京は特別なのでこんな機会はないから出られるものならでたいと言った風に語りました。そして実の心境は次が東京オリンピックでなければ引退といっていたかもしれないと明かされました。リオから戻ってきたばかりの頃は引退を視野に入れていることを話していましたが、この日改めてその気持ちを問われると引退は無いです、と力強く答えてくれました。
今では銀で良かったと話し金よりも得られるものが多いことを話しました。また悔しい気持ちとそれに対する負けず嫌いな気持ちも零しました。
本気で東京オリンピックを目指す以上は覚悟を決める必要があり、じっくりと考えていきたいという風に話してくれました。

まだまだ続きそうな吉田沙保里選手の最強伝説。これからも大きい声で応援して行きたいですね!


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