保阪尚希、現在は副業で成功!1日1億7千万売り上げ!

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保阪尚希は、現在はどのような活動をしているのでしょうか?最近見ないという声も上がっている保阪尚希ですが、人気者ゆえに芸能界から干されることは考えにくいですね。ここでは、保阪尚希の現在に迫ってみたいと思います。

保坂尚希、副業で成功か?

保坂尚希は現在、テレビで見ることが少なくなっていますが、なんと副業をしており、それが大成功していると言われています。その副業の内容は、調理器具の通信販売です。保坂尚希が、商品開発やプロデュースに携わり、かなりのこだわりを詰めた調理器具は、大人気商品として保坂尚希の副業を支えているようです。

これまで、俳優やタレントとして芸能界の第一線で活躍していた保坂尚希ですが、最近見ないと思ったら、自分で経営をしていたのですね。芸能人の副業はよく聞く話ですが、成功している人もいれば、上手くいかなくなって倒産している人もいます。保坂尚希の場合は、ビックリするほどの売り上げをたたき出しているようですよ。

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現在副業をしている保坂尚希

保阪は、かつて福山雅治や萩原聖人と並び、「新平成御三家」と称されたほどの人気俳優。現在は、俳優業のほかに通販コンサルタントをしているのだとか。

消費者が何を求めているかを通販会社にアドバイスをする仕事だというが、それだけに留まらず、オリジナルのブランド「保阪流」を立ち上げ、商品開発やプロデュースも手がているのだそう。

その商品のひとつ「ラ・クッカー」は、タジン鍋をヒントにした、電子レンジ用の調理器具。保阪によると1日に1億7000万円も売り上げたことがあるそうで、これまでに累計50万個を売り上げる大ヒット商品だという。

特に売れている商品は、「ラ・クッカー」という電子レンジ用の調理器具です。ラ・クッカーは、1つ持っていれば「蒸す・煮る・炊く・茹でる・保存」ができるという優れもので、料理の時間も短縮できるという、主婦にとってはありがたい商品ですね。

なんとこのラ・クッカーは、1日で1億7000万円もの売り上げを上げたことがあり、累計50万個も売れているようです。そんなに高額な調理器具ではないのに売り上げが高いということは、商品の質がかなり良く口コミも広がっているのでしょう。ラ・クッカーの商品説明をネット検索すると、ラ・クッカーを使ったレシピがいくつも掲載されています。そんな細やかな配慮も保坂尚希らしいですね。

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副業は成功している

保阪によると、ある日突然、30歳くらいのときにカラダに異変が起き、最終的には腹膜炎による内臓破裂を起こし、8時間にもおよぶ手術を受けたのだという。番組では「(医師から)あとちょっと遅かったら死んでいたって、普通に言われてしまいまして」と、当時の会見で話す保阪のVTR映像も流した。

保阪はこの重病を機に健康や食への考えを改め、野菜ソムリエやフードアナリストなどの資格を取得する。さらに、この知識を活かせる場として通販コンサルタントもするようになったのだとか。保阪は、プロデュース商品に関しては「本当に健康に関することしか一切やらない」と豪語し、商品への熱い思いを語った。

保坂尚希が、調理器具の通信販売を始めるきっかけになったのは、内臓破裂を起こし、8時間もの大手術を受けた過去があるからと言われています。この時、もしも手術があと少し遅れていたら死んでいたと医師に告げられたそうで、そこから自分の体と向き合うためにも、食に力を入れるようになったのです。

自分の経験から作った商品となると、説得力がありますし、簡単に料理ができて、かつ栄養も満点となると欲しくなりますね。俳優として、とても多忙な毎日を送っていた保坂尚希ですが、現在は健康を考えた生活を送ることを心がけ、副業の通信販売に力を入れているようですね。

保坂尚希、仏門に入った?

保坂尚希は、一時期、記者会見まで開いて、仏門に入ることを宣言していましたね。なぜ急に仏門に?と、周囲を驚かせましたが、理由は両親の33回忌の供養のためだとか。両親が亡くなってから、33回忌まで、しっかり務め上げたのは立派ですね。

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両親が自殺している保坂尚希

7歳の時に両親を自殺で亡くしている。その後は、祖父母と妹と生活するが、家計を助けるために中学生からイタリアンレストランの厨房でバイトをしていたという。そのため、料理の腕前はプロはだしであり、実際に毎朝子ども達のお弁当も作っていたと発言している。

実は保坂尚希は、7歳の頃に両親を自殺で亡くしているという壮絶な過去を持っています。当初は、交通事故で両親は他界したと言われていたようですが、本当は自殺だったようです。自殺の理由は不明ですが、両親が他界する数時間前までは一緒にいたとのことです。

たった7歳で両親を亡くした保坂尚希は、祖父母やまだ幼い妹のために、一家の大黒柱として中学生でアルバイトをし、そこで料理と出会ったようです。この経験がもしかしたら、現在の通信販売にも繋がっているのかもしれません。

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仏門に入っていた保坂尚季

2007年3月22日、記者会見を開き、同年4月12日に熊本県合志市の六水院で得度を受け、両親の33回忌供養のために仏門に入る旨を明らかにした。剃髪は行わず、芸能活動も継続、法名は尚陽。翌年、両親の供養が終わった後に法名を返納、僧侶としての活動を終える。

幼いときに突如両親がいなくなったことで、周囲からいじめられたこともある保坂尚希ですが、両親のことを恨む気持ちは少しもないと語っています。仏門に入ったのは、両親の供養の他にも、自殺を考えるほど悩んでいる子供の相談にも乗りたいという理由もありました。

芸能活動を続けながら仏門に入った保坂尚希は、両親の供養を終えたあとに、僧侶としての活動も終えています。このときの保坂尚希に救われて、自殺をとどまった少年少女もいるかもしれないですね。

再婚の予定は?

保坂尚希と言えば、高岡早紀と結婚していたことで有名ですが、現在は離婚して、独身となっています。副業で成功して、昔よりも少し時間にゆとりがある今、保坂尚希ほどのイケメンなら再婚もあるのでは?と思ってしまいます。女性にモテることは間違いないので、恋愛のほうも注目してみましょう。

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高岡早紀と結婚していた

1996年、女優の高岡早紀と結婚。二児をもうけるが、高岡早紀がミュージシャンの布袋寅泰と不倫関係になり、2004年6月に離婚。離婚届提出後も子供のために、暫くの間同居を継続させていることを明らかにし、話題を集めた。同居を続けた理由のひとつとして、前述のように、自身が幼少時代に経験した寂しい記憶を挙げている。

高岡早紀とは、1996年に結婚をしましたが、布袋寅泰との不倫が発覚したため、2004年には離婚しています。幼いときに両親を亡くしている保坂尚希にとって、高岡早紀の裏切りはかなり辛かったことでしょう。しかし、保坂尚希は、自分のことよりも子供の気持ちを最優先にして、離婚してもしばらくは同居していたようです。

自身が幼いころに突然両親がいなくなったという経験を子供にはさせたくないということから、徐々に自宅に帰る日を少なくしていき、約半年後に完全に別居となったようです。子供の親権は保坂尚希が持っているようですが、子供たちは高岡早紀と一緒に暮らしていたようですね。

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子供は2人いる

「恋の話」について問われると、「申し訳ないけど普通の人よりはるかにモテるよ」としながらも「でもね、もうなんかいいかな」「前の結婚で結構疲れてるからね」とぶっちゃけ、笑いを誘っていた。

高岡早紀との結婚、離婚で、結婚はもういいと思っているのか、再婚の意思はないようです。しかし、保坂尚希がモテることは間違いないので、この先、素敵な女性と巡り合うことができたら、再婚もあるかもしれません。副業ばかりでなく、恋愛のほうも頑張ってほしいですね。

まとめ

保坂尚希は現在、調理器具の通信販売を行っており、莫大に稼いでいるようですね。しかし、芸能界を引退したわけではないので、またテレビでその姿を見ることができる日もきっとあるでしょう。



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